イマージョン教育への挑戦 - ワイズプリスクール



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2007年を振り返って


2007年という年を振り返りながら、この『代表日記』に綴られている過去の「年末のごあいさつ」に目を通していました。

このブログは、日々の子どもたちの様子を記録した『プリスクール日誌』とは異なり、ワイズの教育理念や運営理念について一人でも多くの方に知っていただくため、代表の立場から綴っていこうと、2005年の9月からスタートしました。

2005年を読み返してみると、初年度の最初の年末を無事迎えられたことへの感謝、こうしてスクールを始めていなければ出会うことがなかったであろう子どもたちと、その保護者さま方への感謝、ただただこれだけでした。

次に2006年を読みますと、西ノ内校が開校し、園児数も増える中で、大小さまざまな予期せぬ出来事が発生し、子どもたちの安全を守りながら日々雑務に追われていたことが思い出されます。そのような中で私を一番に支えてくれたのは、子どもたちばかりではなく、日本人の先生方であり、家族でした。そのような、私を取り巻く多くの方々に、この年は感謝を捧げました。

さて、いよいよ2007年を振り返ろうと思います。

2007年は、教師陣を補強し、園児数も地道に増え続けてきました。ワイズの教師陣は、現時点では、史上最強!!(たった3年の短い歴史の中でですが)です。今年の子どもたちは、これらの熱心であたたかい先生方に見守られながら、本当にのびのびと、子どもらしく学ぶことが出来ました。

また、父の日参観、BBQパーティー、運動会、アクアマリンふくしまへの遠足など、これまでやりたくてもできなかった、さまざまな行事を行うことができました。これらの行事は、私一人では当たり前にとうてい実現不可能なものです。今年、仲間が増え、力をあわせて一つのゴールに向かえたからこそ、実現することができたのです。

ですから今年は、本当に多くに人々に支えられながら、私が胸に思い描いてきた「ワイズの子」という教育像が、少しずつ現実のものとして見え始めた、そんな嬉しい一年でした。

この嬉しさを胸に、もちろんまだまだ修行の身ですから、気を引き締めて、これからも試行錯誤を繰り返し、謙虚に学び、人に感謝して、自分自身に偽りなく、納得のいくまでとことんどこまでも進んでいきたいと思います。

「教育が人である」とは毎年書いておりましたが、今年は、学校というものが、人が「集う」ことなのだと、つくづく感じました。一人ひとりが知らず知らずの間に少しずつ積み上げていくものの塊が、私たちの「学び舎」を築いて行くんだな・・・と。

素晴らしい子どもたち!
素晴らしい先生方!

私も皆さんを誇りに思います。

今年一年を、多くの方たちに感謝します!本当にありがとう!! よいお年をお迎えください。
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by ysdirector2005 | 2007-12-30 22:33 | ビジネス

書き始めた子どもたち


この感動を、このブログの読者様すべてに伝えたい!と思いながら書いています。


今学期、スクールで3~2年目を迎える4才児さんたちが、自ら(ここがポイントです!)、ことばを書き始めました。

少し前のことですが、The Little Red Hen のクラフトの課業で、Cat のペーパーマスクを制作中のことです。S.S.ちゃんが、マスクの裏面に、突然、このように書き始めました。

TeN Q FO GNA Teh CAT

なんのことやら?と思いますが、これは、

Thank you for Jeana the cat

ということで、S.S.ちゃんは、「ジーナ先生、ネコさんをありがとう」と伝えたかったのです。

これはものすごくすばらしいことで、感動のあまり記念撮影までしてしまいました。

e0060611_0311548.jpg


子どもが言語を習得する過程で、このようにしてことばを書き始めるのだという、その瞬間に立ち会った思いでした。

英語は日本語と異なり、文字の名前と音が異なります。

日本語でしたら、「ねこ」と書きたい時、「ね」と「こ」を書ければ、「ネコ」と読むことができ、「ねこ」と書けるということになります。

しかしながら、英語の場合、ネコを見て、それを "cat" と言うことができても、”cat” と書くことができるとは限りません。"c"、"a"、"t"、それぞれの文字(の名前)を認識できても、それをつなげて "cat" と読むことができるようになるまでには、また別の訓練が必要なのです。

ですから、ネイティブスピーカーの子どもでさえ、書き始めはたくさんの間違いをします。なぜなら、耳で捉えた「音(オン)」でのみ理解し、それを表記しようとするからです。

私が格別に感動したのは、S.S.ちゃんが、まさにネイティブスピーカーの子どもと同じプロセスで言語を習得しようとしている、ということに対してです。

これはすなわち、私たちがこの3年間あまり、試行錯誤しながら取り組んできた英語イマージョン教育が正しく作用している、という事実を目の当たりにできたということなのです。

英語イマージョン教育が正しい、と信じていても、成果が見えるまでに非常に長い時間を要するので、時折とても不安になります。

これは、保護者様方なら当然のことですが、正直申し上げて、教育を施す当事者でさえ、実はそうなのです(めったに申し上げられないことです!でも、失礼ながら、加藤学園やぐんま国際アカデミーでさえ、然りだと思います)。

ですから、今回のことは、ほんの些細なことでしたが、このようにして「兆し」を得られたことが、本当に心から嬉しく、安堵の思いが胸に広がりました。

この子どもたちは、このあと間もなくして、より長いことばを書いて表すことができるようになるでしょう。

本当に、花がひらくように・・・。

私たちが進んできた道は、決して間違っていなかったということですよ!

とても、とても、勇気付けられました。


<余談>

実は、この感動話には、後日談があります(了解をいただきましたので、公開します)。

この日、私は感動のあまり、すぐさまS.S.ちゃんのお母さまにご報告いたしました。それをその場で一緒に聞いていらっしゃったA.S.ちゃんのお母さまが、その夜、早速ご自宅でA.S.ちゃんに試したのです。

次の日、A.S.ちゃんのお母さまが「私の発音がカタカナだから、A.S.ったらそのまま書いちゃったのよ!」と、笑いながら、私に見せてくださった紙切れには、

SNQ

と、ありました。

お母さまは、A.S.ちゃんに「サンキューって書いてごらん」とおっしゃったそうです。そうしたら、A.S.ちゃんは、見事にお母さまのカタカナを聞き取り、SNQ (サンキュー、Thank you ではない)と、書いたそうです(笑)。

この他、お母さまの「アイムソーリー」を、これも見事に

Iem s-ri (-は、伸ばす音のようです)

と、書いていました。(もしかしたらA.S.ちゃんは、I'm sorry とは全く別のものだと思っていたかも知れません。)

笑ってしまいましたが、これも立派な「成果」でしょう!
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by ysdirector2005 | 2007-12-29 11:02 | プリスクール&キンダーガーテン

YPK トゥインクルスター・コンサートを終えて


去る12月14日(金)、YPK恒例のクリスマスコンサート(発表会)が行われました。

今年から、「トゥインクルスター・コンサート」と名前を改めてみましたが、内容は例年に変わりはなく、子どもたちの2学期までの英語生活&成長の軌跡として、いわば「中間報告」のような位置付けで実施いたしております。

「本番」は、年度末に開催する「アニューアル・コンサート」となります。

年に2回も発表会をする幼稚園・保育園もめずらしいかと思いますが、当スクールでは、「場数を踏むこと」を大切にしたいと思っております。どの年齢の園児さんにも、人の前に立ってパフォーマンスする機会を出来るだけ多く経験してほしいと考えています。

実は「運動会(Sports Day)」についても感じていましたが、「発表会(Concert)」についても、日本と欧米では、捉え方がずいぶんと異なるように思います。

とかく日本人はまじめな性質で、「人前で発表する時は、事前にしっかり練習して立派なものを見せないといけない」と、考えます。すなわち、人前で「失敗」しようものなら、それは「恥」なのです。

一方、アメリカの小学校に娘さんを通わせたことのある知人の話では、アメリカの発表会は、このような日本の感覚とは随分と異なっているのです。

その学校の発表会は、子どもたちがそれぞれにできること(バイオリンの演奏や歌など)を思い思いに披露するというものだったそうです。ですから、子どもたちは「現段階で出来ること」をやるだけであって、そのために練習をするという感覚が全くなかったようです。

彼女の娘さんは、日本人の感覚で必死に練習をしたそうで、一度も間違えなかった彼女の娘さんが学校で一番上手にピアノを演奏し、周囲の保護者から「あなたの子は天才ね!」と、とても褒められたというのです。

さて、翻って、日本のたいていの幼稚園や保育園では、劇は年長さんになってからで、それまでは歌やお遊戯(劇を行うにしても「劇あそび」)を披露する・・・というようなプログラム構成になっていることかと思います(実際、我が家の息子たちはそのようでした)。

しかも先生方は、発表会の1ヶ月以上も前から練習と準備を開始します。(これは当スクールも同様ですが。)

挙句の果てに、日本には「予行練習」なるものがある!(これに関しては、「YPK運動会」の時、ネイティブ教師たちにとても不思議な顔をされました(笑)。)

私が申し上げたいのは、このような伝統的な発表会・お遊戯会のあり方を否定しようというものではありません。ただ、あまりにかしこまりすぎて、子どもの可能性を制限するのももったいないかな、と思うのです。また、無駄に緊張させるデメリット、というのも考えたいです。

これらの日本的発表会・お遊戯会のポジティブな側面としては、親子両方について以下のように言えるでしょう。

まず、親側からすれば、年少では・・・、年中では・・・、そして年長では・・・と、わが子の成長を楽しみにしながら、発表会で立派に学芸を披露する子どもの姿を心待ちにできるということでしょう。

また、子どもの側からも、立派に大役を果たす年長さんに「あこがれ」を抱きながら、いずれやってくる自分の番に、心を弾ませることでしょう。

そして、いずれ「その時」がやってくると、親は一生懸命に取り組むわが子の姿に感涙する・・・。子どもは真剣に大役に取り組む。非常に日本的な「美徳」でさえあると、私は思います。

そんな「美しい日本」(ちょっと時代遅れの言い回し?)の部分を大切にしながらも(すなわち、しっかり準備・練習を積むということです)、私としては、幼いうちから、人前で何かを披露する(見せる)経験というのを出来る限りたくさん味わってほしいと思うのです。

その瞬間は、その場にいる全員が、息を潜めて自分のパフォーマンスを見守っている・・・、そういう緊張の心地よさを、幼い時から体験として身に付けてほしい、と願っています。

ここでいう「緊張」は、ほどよい、心地よいものであって、決して「プレッシャー」ではありません。

たとえば、受験にせよ、このような発表会、あるいは入学式などのセレモニーなどにせよ、日本的な「緊張」は、なんだか「間違ったらえらいことになる」、みたいな「プレッシャー」を感じます。

この「プレッシャー」が好きだ、という子どもは(いや、大人も)一人もいないんじゃないかな、と思います。

ちょっと大げさかもしれませんが、このような「緊張(プレッシャー)」が、日本人に特有の「間違えるのがこわい」とか、「恥ずかしいから黙っていよう」というような考え方を生んでいるのはないかと、私は勘繰ってしまうのです。

間違えたら「エヘッ」と、舌を出すくらい心臓に毛が生えていたほうが、国際社会ではちょうど良いと思うのです。

このような考えの下、心臓に毛の生えた人材を育成するため、YPKのコンサートでは、3才から劇でセリフを与えています。また、毎日のモーニングルーティーンの中で、Show & Tell の機会を与えております。

やっている本人たちはともかくとも、確かに、見ている私たち、特にそのお子さんのお母さまは、「もう、ちゃんとやってよ!」と、内心穏やかではいられないことでしょう。

ですが、そこをぐっと堪えて、わが子の「今現在の最大の頑張り」を認めつつ、見守っていただきたいと思います。(失敗したわが子や周囲に向かって、お母さまが「エヘッ」と舌を出すくらいでいいのでは???)

そして、周囲の大人も、そうやって場数を踏みながら成長していく子どもたちの姿を、傍らでイライラ・ハラハラしているその子の保護者も併せて、すべてひっくるめて、あたたかく見守っていかなくてはいけない。YPKが、そういう場であってほしいと願っています。
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by ysdirector2005 | 2007-12-19 21:57 | プリスクール&キンダーガーテン

GKAイマージョンシンポジウムに参加して


12月7日・8日の2日間、群馬県太田市にある「ぐんま国際アカデミー」(以下GKA)において、「GKAイマージョンシンポジウム」が開催されました。

2年ほど前に一度、問い合わせたことがあったのですが、事務局の方がその時のことを覚えていてくださったようで、ご招待のお便りを頂戴しました。

今回は、3年目の節目を迎えたGKAが開催する初めてのシンポジウムで、いわば「中間報告」のようなものです。非常にワクワクした思いで、ジーナ先生を連れ、行ってまいりました。

受付を済ませ、早速、授業参観へ参りました。

施設も新しくて立派です。特徴的だったのは、職員室でさえ壁のないオープンスペースです。子どもたちは、大小さまざまなスペースを利用して、時に全体、時に少人数で作業に取り組みます。

平屋作りなのは、低学年と高学年が交流できるように、ということです(児童の制作した壁新聞による)。でも、私にはまるでラビリンスでしたが。

もう一つ印象深かったのは、子どもたちの身近に常にパソコンがあることでした。コンピュータルームは当然のことながら、低学年のラーニングセンター、中・高学年の教室周りにも2~3台のパソコンが常に使える状態になっています。

子どもたちは、授業の合間(授業中も!)、ふと思い立てばパソコンの前に座り、スポンジボブなどの人気キャラクターのソフトでフォニックスを学習したり、リーディングのソフトでお話を読んだりしています。

授業参観は2限分あり、全学年を充分に見て回ることができました。すべてを事細かにお伝えするのは無理なので、印象に残った良い点のみ、いくつか取り上げてご報告しようと思います。

どの教室でも、子どもたちは本当に活き活きとして学んでいました。すごい勢いで先生の話す英語をノートに書き写している子どもには驚きました(2学年女児・算数)。クラスへのレスポンスも活発で、ポンポン英語が飛び交う場面もあり、とても楽しい雰囲気でした。

読む力にも感嘆しました。3年生の英語のクラスは音読(輪読)の最中でした。先生の「読みたい人?」の声に、子どもたちの手が一斉に上がっていました。朗読は非常に流暢で、発音も当然にすばらしかったです。

表現力も豊かです。6年生の英語の時間は、劇の練習でした。児童の個性も豊かなのでしょう、非常にユニークな創作劇のようでした。

音楽教育にも熱心に取り組んでいるようです。昼食後に吹奏楽のパフォーマンスがあったのですが、どのお子さんもとても上手に演奏しておりました。

ジーナ先生の突撃インタビューにも立派な態度で一生懸命答えていました(1学年男児・コンピュータ)。

そんな活き活きと楽しそうな子どもたちと対照的だったのは、GKAの先生方はじめ、今回のシンポジウムに参加した大人たちです。

さまざまな意見が活発に議論されたシンポジウムであったと思いますが、もっとも多かった質問は、英語イマージョン教育が、現在の日本の英語教育政策の中で、「alternative」となり得るのか?日本の土壌に英語イマージョン教育は浸透・定着するのか?であったように思っています。

基調講演をなさったトロント大学のラプキン教授は、カナダにおけるイマージョン教育の第一人者でいらっしゃいますが、日本の英語教育の現状を含め、風土や文化についてもあまりにご存知なかったため、一歩踏み込んだ意見(エールにしろ、批判にしろ)を求めていた質問者にしてみると少々物足りない感があったのは否定できないと思います。

大人たち(学校教員、研究者、役人たち)は非常に懐疑的で、何かしらの「結論」を探し求めているようにさえ見えました。

しかしながら、GKAもまだ3年目。今回のシンポジウムは「中間報告」であり、何らかの「結論」に到達するまでには、少なくともあと6年の月日を待たねばならないでしょう。

GKAの先生方は、どの方も本当に本当に熱心な先生方ばかりでした。ただ、現段階では、今頑張っていることが、果たして本当に正しいのか、どのような成果をもたらすのか、ということについては、完全に手探りの状態にあるようです。

そのような意味で、関係者を含め大人たちは、今後のGKAの成果を、息を潜めて見守っていくことをあらためて確認しあった、というのが今回の結論のような印象です。

もちろん、私も今後のGKA、日本の英語教育のなりゆき、しっかり見守っていきたいと思います。

それでも最後に、私自身の意見として、現場の先生方にエールを送りたいと思います。

「結論」はまだこれからなのだろうと思いますが、「答え」はすでに子どもたちの笑顔の中にあるのではないでしょうか。

少なくとも、GKAで学んでいたお子さん方は、本当に学校が楽しそうでした。どの子もキラキラした眼差しで、真っ直ぐに前を見つめて、先生の一言一句を聞き漏らすまいと真剣に学んでいました。

先生方は、そんなすばらしい子どもたちと毎日一緒にいるから、子どもたちが実は本当にすばらしいのだということに鈍感になってしまうのです(それは私たちにとっても同じことが言えるのですが)。

だから先生方は、さまざまなプレッシャーがあるとは思いますが、本当に自信と誇りをもって、「うちの子はこんなにすごいのよ!」と言っていいと思います。

我がワイズの園児たちも同様ですが、あのような目をした子どもたちがいる限り、大人は励まされながらひたすら頑張るだろうし、その先にはきっとよいものが待っていると信じています。
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by ysdirector2005 | 2007-12-09 09:03 | ビジネス


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