イマージョン教育への挑戦 - ワイズプリスクール



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そらべあスマイルプロジェクトでアルゴが選ばれました

昨日、正式にソニー財団さんから連絡をいただきました。昨年夏に応募していた、第16回そらべあスマイルプロジェクトで、アルゴ幼稚舎保育園が選ばれたということです。選ばれたことはとても驚きましたが、本当にありがたいことです。

3月頃に、太陽光発電設備をアルゴ園舎の屋根に設置してくださいます。式典を開催しますので、子どもたちは歌やダンスをご披露することになります。今から何にしようか、考え始めています。何か「エコ」をテーマに歌がご披露できればいいな、と思います。

そらべあスマイルプロジェクト
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by ysdirector2005 | 2012-01-27 13:34 | アルゴ幼稚舎保育園

2012年の抱負

私は、生まれは郡山ですが、小学6年生まではいわき市の小名浜で育ちました。父は今も小名浜に住んでいますので、新年は例年小名浜の実家で迎えます。

今年の元日も、「アクアマリンふくしま」(2号埠頭)に立ち、三崎公園の向こう側から昇ってくる初日の出を見に出掛けました。浜の様子はまだまだ悲惨なところもたくさん見られますが、あの巨大津波の爪痕から、この9ヶ月あまりでよくぞここまで立ち直ったな、と率直に感じています。

郡山の場合、問題の敵が目に見えない放射線というもので、しかもその対象が大人ではなくむしろ子どもであるということから、私たちの業界にとっては、かなり重大な衝撃と変化をもたらすものであります。子どもの数が大きく減少する中で、園児獲得競争はさらに熾烈になって行くでしょう。

お客様である保護者さまに対し、園の保育・教育の特長や独自性といったものをきちんと説明し、表現できることは必須でしょうし、キメの細かいサービスやお客様の満足度を上げるための努力など、ビジネス感覚を持った保育もますます求められるでしょう。

私は、郡山市、ひいては福島県全体が、そういった競争(議論の)過程で、新しい「日本の教育」を形づくる先駆けとして発展していけることを期待し、またそのために努力していきたいと思います。

さて、大きな目標は掲げつつ、今年、ワイズが目指すところを書き記しておきたいと思います。

1. YPK(ワイズプリスクールアンドキンダーガーテン)
2005年より、英語イマージョン教育を取り入れた保育園として、幼児の早期英語教育に力を注いで参りました。今年7年目。幼児期における英語という技能の習得については、一定の成果を感じているところであります。今年も、スタッフ一丸となって、地道に、真摯に努力を重ねて参りたいと思います。そして、英語イマージョンが特殊なエリート教育であるという印象(誤解)を抱いておられる皆様が少なからずいらっしゃるように思いますので、そのような方々のために、英語教育をもっと身近に感じられるように、さらに親しみやすい仕組みづくりを考えているところでございます。

2. アルゴ幼稚舎保育園
論理的思考力の養成を教育方針の主軸に掲げ、今年4月、安積町成田の「四季の丘」に開園いたしました。震災直後、非常に多くの不安を抱えながら開園せざるを得なかったアルゴですが、なんとかローンチできたところです。まだまだこれからですので、今年のアルゴにはぜひご注目いただきたいです。これからの日本に必要なのは、いわゆる「理系」の人材です。しかも、こころとからだのバランスがとれた、強くて優しい理系の人間です。その育成は中学、高校から始めたのでは遅すぎます。5歳まで、10歳まで、そして小学校卒業まで、それぞれの年代でするべきことがあると考えています。アルゴはその実践の場として、皆さまに議論の種を提供できるよう、日々全力を尽くして参りたいと思います。

3-1. アフタースクール(学童保育)
小学生の放課後は、第2の「まなび」の時間であると考えます。そして、その「まなび」は、学校で行われる「学び」の作業とは根本的に性格を異にするものである(べき)とも考えています。現在ワイズには、YIS、ASP、GW、そしてある⇒GOクラブと、ご利用の都合と目的に合わせて4つの学童保育施設があります。震災以降、屋外活動の制限による運動不足の解消やストレスの発散など、学童保育に出来ること、アフタースクールというサービスの可能性はむしろ広がったと言えると思います。今年は、アルゴ同様、この部門でも、皆様があっと驚くような面白い企画を考えておりますので、乞うご期待!というところです。

3-2. YIS(ワイズイマージョンスクール)
YISは、YPK卒園児を含む小学生のための英語イマージョン・アフタースクールです。英語イマージョンには、「英語はあくまで何かを学ぶための『道具』である」という大原則があります。YISでは、単に英語を学ぶのではなく、英語を使って何を発信していくのか、という点に重点を置きながら、日々子どもたちと過ごしております。したがって、YISの子どもたちには、それぞれの興味や関心に合わせ、いろいろな「課外活動」を独自に構成したり、積極的に参加したりすることを勧めています。近年クリスマスにご披露しているダンスなどはその成果の一つです。本人たちにしてみれば「楽しい」が原動力ですが、その子の将来のどこかで、ワイズで楽しんでいた英語やダンスなどが何らかの煌めきを発してくれれば、それ以上の幸せはないことです。

最後に、少し長くなりますが。

4. まなそびプレックス
まなそびプレックスは、子どもの「まなび」と「あそび」について、私たちの実験や研究の場として、2009年7月にスタートさせました。施設内の遊具や玩具(むしろ教具と呼ぶ方がふさわしい)は全部、どのような「あそび」が「まなび」を促進させるのか、またどのような「あそび」が「まなび」で疲れた頭をリフレッシュさせるのか、という観点から取り揃えました。2010年1月にYPKとYISが西ノ内から移転してきてからは、土日祝のみ「一般開放」とし、月1回の「えいごであそぼ」など、地域の子育て世帯支援の一環として取り組んできました。

震災以降は、放射線の問題が深刻化し、屋外活動が制限されてからは特に、まなそびの「運動できる場所」という面がクローズアップされ、毎週多くの皆様にお越しいただいております。県内で初めて設置した「エアトラック」などは当施設で一番の人気です。

最近、郡山市内でも、ようやく「屋外で遊べない子どもたちのために室内で遊べる場所を」との目的で、まなそびに似た室内遊び場が増えてきました。PEP Kids Koriyama(運営:郡山市)やふくしまインドアパーク(運営:NPO法人フローレンス)などが挙げられると思います。現在の状況下において、このような遊び場が複数開設されること自体は大変喜ばしいことであり、私たちも心から歓迎いたしております。

震災後に初めて"まなそび"の存在を知り、来場なさる方の間では、「まなそび=子どもが室内で運動できる場所」として認識されてきているようですが、しかしながら、最初に述べましたように、まなそびを開設したこと(まなそびの趣旨・コンセプト)と震災とはじつは全く関係がないということです。

震災以降、福島県の「復興ビジョン概要」にも掲げられるようになりましたが、「まなそびプレックス」は震災以前から、これからの福島県、ひいては郡山市の発展をけん引していくのは、いわゆる「理系」(「理数教育」を受けた人間)であり、「国際化の進展に対応できる人」(すなわち英語によるコミュニケーション能力のある人間)であると信じ、取り組んできました。

ですから、施設にはこれまでも数理パズルや科学の分野に関係する教具を設置してまいりましたし、今後ももちろんこの分野に力を入れてまいります。次年度からはロボットコーナーを新たに設け、工学・プログラミングなどの分野にも力を入れていく予定であります。

とは言っても、まなそびは現在のところ、郡山市からの補助や助成等を全く受けていない民間の施設であり、ご来館なさるお客様からの施設使用料で運営しておりますので、そうしたお客様のためにもよりよい施設であり続けなければなりません。また、これからの運営を考えていく上でも、オリジナリティや便宜性を常に追求しながら、進化を続けていかなければならないと感じております。

以上、2012年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by ysdirector2005 | 2012-01-08 10:57 | ビジネス

震災は終わっていない

比較的暖かい年の初めとなりました。
今年もよろしくお願いいたします。

咋年大晦日、ビックパレット北側にある、富岡町と川内村の仮設住宅を訪問してきました。

というのも、先日、宮崎からの給食食材定期便と一緒に、段ボール箱一つ分の手編みのマフラーが届きました。三股町のあるおばあちゃんが一年近くかけて編み貯めたマフラーを、被災地の方に届けてくれ、と伝言を授かったのでした。

年末・学期末も押し迫った頃でしたので、実際お届けに伺えたのは、先月31日のことでした。大晦日だったので、人もまばらでしたが、無事、川内村社会福祉協議会の古内事務局長さんに受け取っていただきました。

協議会事務室は、お年寄りたちのデイサービス施設に併設されていましたので、いらっしゃる方にお声を掛けてくださるようですから、この季節、きっと手編みのマフラーを重宝がって使ってくださる方がいらっしゃることだと思います。

川内村は線量も少ないため、今年4月までには帰村の方向で、準備が進められているそうです。避難準備区域の解除や補助金も徐々に減らされていくようで、諸々の理由とともに、時が経てば経つほど、帰村が困難になっていくのは明らかです。どの町村もそうでしょうが、いったんバラバラになった人やものを元に戻していくという作業は、何と気の遠くなるような、長い、困難な道のりなのでしょうか。

年末、NHK紅白では被災地を一生懸命応援してくださる気持ちは感じることが出来ました。日本全国が「自分に出来ることは何か」を考えてくれていると思います。そのくらい私たち日本人にとって大きな大きな出来事だったのです。

でも、今回のお話で感じることは、震災は(とくに福島の場合は)、まだ何も終わっていない、むしろ重要なのはこれからだ、ということです。本当の意味で大変なのはこれからで、それは被災した人々が自ら立ち上がって行かなくてはならない非常に長い道程だ、ということです。

古内さんの言葉を借りれば、「『被災者』であることになれてしまって」はいけないと思いますが、日本全体が、これらの小さな町や村のことを、そこに住んでいた人々のことを忘れずに、長期的に支援していただきたいと、心から思います。

また、古内さんの全村避難を強いられてまで、まだなお気仙沼や相馬の被災地を思いやる人の心にも胸を打たれました。3月下旬、いわきに宮崎から支援物資を運んだ時も感じました。小名浜二中の避難所の人々が、ここより江名の方が大変だから、ここはいいからそっちへ行けという。同じく津波に流されていながら出てくるその思いやりは、人も本来は善なるものなんだと感じざるを得ませんでした。
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by ysdirector2005 | 2012-01-03 01:05 | ひとり言


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